VOICE INPUT LAB

ロカオン研究室

音声入力アプリの比較・検証・使い方を、実測ベースで。

Whisperで「ご視聴ありがとうございました」が勝手に入る理由と、実測にもとづく直し方

マイクと点が3つ入った吹き出しを描いた手描き風イラスト 仕組みを知る

先に結論を3行で。

  • 何も話していないのに「ご視聴ありがとうございました」と入るのは、Whisperが動画の字幕で学習しているからです。音の無いところに「字幕にありがちな締めの言葉」を作ってしまいます。
  • よく紹介される対策は「無音検出(VAD)を入れる」ですが、当社の実測では、VADを入れると単語リスト(辞書)が2文目以降に効かなくなりました。固有名詞を直す仕組みと両立しません。
  • 当社が採ったのは「そもそも無音をWhisperに渡さない」方法です。判断に使った実測値もそのまま載せます。

Whisperで文字起こしや音声入力を作ると、ほぼ必ずこれに当たります。原因と、当社が実際にどう解いたかを書きます。確認日:2026年8月17日。

なぜ「ご視聴ありがとうございました」なのか

Whisperは大量の音声と字幕で学習しています。その中には動画の字幕が大量に含まれます。動画の終わりには、決まって同じような締めの言葉が並びます。

そこへ「ほとんど何も聞こえない音声」を渡すと、Whisperは「これは動画の終わりだ」と解釈して、それらしい文を埋めてしまいます。日本語では「ご視聴ありがとうございました」、英語では「Thank you for watching」が典型です。

これは不具合ではなく、「何も無いところに、それらしい文を作ってしまう」というWhisperの性質です。有名な挙動で、多くの人が同じ現象に当たっています。

完全な無音より、小さな物音のほうが起きやすい

ここは実務上とても大事なところです。ぴったりの無音より、足音・衣ずれ・エアコン・遠くの話し声のような小さな音が入っているほうが起きやすいと言われています。

実際、当社でも「何も話さずに録音を終えたとき」に出ました。机に手を置く音や息の音は、マイクには入っているからです。

よく紹介される対策と、その落とし穴

調べると、だいたい次の3つが出てきます。

対策 中身
無音検出(VAD)を入れる 音声のある区間だけをWhisperに渡す。いちばんよく勧められている
定型句を消す 出やすい文をあらかじめ表にしておいて、出たら捨てる
「音声なし」の確からしさを見る Whisperが返す「これは音声ではない」の度合いを見て捨てる

★当社の実測:VADを入れると、辞書が効かなくなった

ここが、検索しても出てこないところです。

Whisperには「この単語が出るかもしれない」と前もって伝える仕組みがあります(プロンプト)。人名や社名を正しく文字にするために、音声入力アプリでは必須の機能です。

当社が無音検出(VAD)を組み込んだところ、2文目以降で、この単語リストが渡らなくなりました。VADが音声を区間に切って渡す作りにすると、切れ目のあとにリストが引き継がれないためです。

結果として「幻の文は消えたが、お客様の名前が化けるようになった」という、割に合わないことになります。当社はVADを廃止しました。

固有名詞を直す仕組みを持たない用途(会議の録音を丸ごと文字にするだけ、など)ならVADで構いません。音声入力アプリのように辞書が要る用途では、別の手が必要です。

当社が採った方法(2段構え)

① そもそも無音をWhisperに渡さない ← これが本命

録音した音の大きさを測って、小さすぎたらWhisperを呼ばずに「何も聞こえませんでした」と返します。幻の文が出る余地そのものを無くすやり方です。

問題は「どこを境目にするか」です。当社が実際に測った値を出します。

状況 測った大きさ(RMS)
静かな部屋(何も話していない) 21
実際の話し声 1,748〜6,144
(参考)16bit音声の最大値 32,768

静かな部屋と話し声は、80倍以上離れています。ここまで離れていれば、境目は雑に決めても外れません。

当社は200にしました。静かな部屋の約10倍、いちばん小さい声の約9分の1という位置です。取りこぼし(小さい声を無音と判定する)も、見逃し(雑音を声と判定する)も起きにくいところに置けます。

この数字はマイクや部屋で変わるので、そのまま真似するより、自分の環境で同じように測るのがおすすめです。やることは「静かな状態」と「普通に話した状態」の2回測るだけです。

② すり抜けたときの受け皿(定型句を2段に分ける)

①で大半は消えますが、念のため文字列でも受けます。ここで一工夫が要ります。

「ありがとうございました」を単純に消すと、本当にそう言ったときに消えてしまいます。そこで2段に分けました。

種類 扱い 例
単独でも消す それ1文だけでも消す 「ご視聴ありがとうございました」など、普通の会話ではまず言わない文
後ろにあるときだけ消す 1文しかないなら残す 「ありがとうございました」など、本当に言う言葉

当社は以前ここで失敗しています。「全部が定型句なら消さない」という例外を1つ置いていたのですが、何も話さずに録音を終えたときは、まさにその例外に当たって通り抜けていました。2段に分けて解決しました。

作るときの注意

  • 境目の数字は必ず自分で測る。マイク・部屋・機種で変わります
  • 消す文の表は、片方だけ直さない。当社はMac版とiPhone版で同じ処理を別々に持っているので、片方を直したら必ず両方直します。こういう二重管理は事故のもとです
  • 辞書(プロンプト)を使うなら、VADは慎重に。上に書いたとおり、両立しないことがあります

自分で作らない場合

ここまでの話は「Whisperを自分で組み込む人」向けです。既製品を使うなら、この対策がすでに入っているかどうかを見てください。

  • 仕組みから作りたい → 手順と落とし穴はWhisperをローカルで動かす文字起こしにまとめました。「毎回モデルを読み直すと1回9.4秒、常駐させれば0.5〜0.8秒」という実測値も載せています
  • できあがったものを使いたい → ローカルで完結する音声入力アプリロカオンには、この記事に書いた2段の対策がそのまま入っています(当社製品です)。人名や社名を登録する「じぶん辞書」も、VADを使わない作りだからこそ効きます。年払いで年6,600円(月あたり550円・税込)です。1日10回まで(1回1分まで)なら無料で使え、最初の10日間は回数の制限もありません

ロカオンはmacOS 26以降(Apple Silicon)のMacが必要で、Windowsには対応していません。ご購入後は、ライセンスの確認だけ1日1回・数十バイトの通信をします(音声や文字は送りません。つながらない日が続いても14日間は使え、過ぎても無料版として使えます)。

この記事の調べ方

  • Whisperが動画の字幕を含む大量のデータで学習していること、無音より小さな物音のほうが起きやすいこと、よく紹介される3つの対策は、公開されている技術記事・議論で広く共有されている内容です(2026年8月17日確認)。
  • 「VADを入れると2文目以降に単語リストが渡らない」「静かな部屋=21/話し声=1,748〜6,144」「境目を200に置いた」「定型句を2段に分けた」は、すべて当社(合同会社ヒバナ)が2026年8月に実機で確認した結果です。環境は MacBook Air(Apple M5・メモリ24GB)/Whisper large-v3-turbo。他の環境で同じ数字になることを保証するものではありません。
  • Whisperの仕様はOpenAIの公式リポジトリ(同日確認)。

本メディア「ロカオン研究室」は、ローカルで完結する音声入力アプリ「ロカオン」を開発する合同会社ヒバナが運営しています。他社製品も、当社製品と同じ物差しで確認して書きます。記事中の他社製品の権利は各社に帰属します。

神林瑛治の似顔絵

この記事を書いた人

神林 瑛治 かんばやし えいじ

合同会社ヒバナ 代表/ローカルで完結する音声入力アプリ「ロカオン」開発者

自分で音声入力アプリを開発しながら、このラボで各社の製品を同じ物差しで実測しています。ふだんの業務も毎日音声入力で回しています。

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